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2013年12月29日日曜日

年の瀬もあいまって一つ明確にしておかなければならないことがある。
それは私がアーティストとして資本論理上では弱者もしくは被差別側に在るということだ。
もちろん、個人の感覚としては誰にどう思われようとどうでもよいのだが。
私は"アートの自立性"ということを念頭に物事を考えたい。
お金は何よりも大事で世界で一番いらないものであるが、資本論理上における虚妄の強者などには生まれた時から興味がない。
それともう一つ、私は藝術を人間の"表現"として極めて広義に受け取っている。
具象だろうが抽象だろうがインスタレーションだろうが何でも、"表現"になっているかが重要だ。

私は歌舞伎や文楽、都々逸、俳諧、色町文化のような、生活から滲みでくるようなハイクオリティの市民による文化革命に浪漫を感じる。
もはや共感など期待しない。
一人で負けずに生きていくのみ。もちろん対するは己。

といっても、徐々に素晴らしい関係性も芽生えてきているのだけれど。

まぁ、恨むことなかれ。
他者の幸せを願いましょう。
別れた相手の幸せを。
嫌いな人や苦手な人も一緒くた。
世界の全てに感謝しよう。

全てをぶち壊すほどの情熱を抱えて。


頭振り回して拳を振り上げて目に映る全てに破壊の複音をもたらす。
そしてまた一から全てを練り上げるんだ。
そうして私は溶けていく。
世界の"全て"に溶けていく。
その時あなたは居るだろうか。
僕はきっと一人で何処かへ行くのだろう。
宇宙の果ては、一度行ったら戻れない。
それが世界の残酷さだ。












2013年12月1日日曜日

ルール、規則、規定、暇な奴らがルールを作る。
管理したがりの脳無しが。
生きる意味が分からない可哀想な人たちが。
ちんけな満足感かかえて、死に向かって猛ダッシュ。
綺麗なものが大好きで、美しいものしか愛さない。TVとか、雑誌とか、宝石とか有名人。
土は汚くて風には菌が舞っていて、太陽は紫外線の有害物質だ!
地球は汚い!家の中が世界なんだ!自分は何にもしないで他人が死んでくれればそれでいい!
嬉しいね。今日も外はいい天気。
お外はとっても危険で汚いからね、今日も空気清浄機をつけて無菌の世界で夢をみよう。
のっぺらぼうの住人が、何にもないところを只々さまようクソッタレの悪夢だね。

2013年11月26日火曜日

西田幾多郎礼讃

無意識"する"。

それは意識か無意識か。

"する"は動詞だから自我が発している。
だから、意識が無意識を包み込み能動性が付与された有り得ない代物だ。

否、無意識するとは、茫洋とした"遠く"を"感じる"ことだ。
彼岸を意識するのではない。
彼岸を感じるのだ。
浄土も然り。

"感じる"とは意識と無意識に跨がる行為である。
あらゆる相対性の"あいだ"でたゆたう行為である。
支点が覚束なく点も線も面もはっきりしない、液状のものがカタチを成すような"絶対矛盾的自己同一"を担保するもの。
そこに至る唯一の道。
"自然"に最も近い、宇宙の呼吸と同調するもの。
宗教の発露。
無と有のあいだにあるもの。
東と西を繋ぐもの。

福音は此処にこそ聞こえしか。
人は皆はじめ、"無意識の全"として生まれる。
それを"意識の全"にすること。
その有為変転が生きるということ。
その方法を格物知致か知行同一か云々と熟考することに意味がある。
何故なら、方法の選択如何によっては行き先さえも変えてしまうことがあるのだから。

2013年11月24日日曜日

破綻の理由

芸術家とは破綻していなければならない。
なぜなら、社会との"相対性"を保つため。

大学までは"好きなコト"をして、卒業して就職し帳尻を合わせる。
あとはいかに過剰にならずに平穏無事に時を潰していけるかが問題だ。
暇は脳を鈍らせ判断を誤らせるから、異性が必要だ。
性質の違いがもたらす適度ないさかいは日常の重要なスパイスである。
それでもお互い相手の操縦の仕方が分かってくると関係が膿んでくる。
となれば、次はイベントだ。
これは一度しか使えない最後の切り札だ。
なぜならその選択如何で死ぬまでの時間のおおよその雰囲気が決まってしまう。
それはつまり、死に際に最もシビアにのし掛かってくる問題であるということだ。
ちなみに二回目からは只の儀礼である。
さて結婚というイベントも効力はほんの幾日だ。
これから10年20年と生きなければならないので、うまく時間が潰すことができる暇潰しが必要だ。
無論、子供である。
最も効果的な用い方は、ある程度5年以上の間隔をあけてできれば男女互い違いにすることだ。
どちらが先などどうでもいい。
何故なら人生とはただの暇潰しのことなのだから。

遅かれ早かれそんな人間だけが地球上を跋扈していたら我々はすぐさま化石となってしまうだろう。
何億年後かの知的生命体に発見されるまで我々は土の中で眠り続けなければならない。
一番避けたい暇の極致に自ら埋もれていくわけだ。
しかし、我々は奇跡的にこの世界で滅びずに種を増やしながら生きてきた。
何故か。
それは多様性に起因する。
それは誰かがその扁平な人生に相対して不安定で動的な多様性を負っているからに他ならない。
だから、ゴッホは耳を切らねばならなかったのだし、岡本太郎は結婚するわけにはいかなかった。
ピカソは90を過ぎてもセクシーだったし、マティスも死ぬまで絵を描いた。
画狂人北斎は言葉通りの変人であったろうし、一休も利休も十分に婆沙羅で傾きであったのだ。
そんな彼らの藝術は、癒しどころか人々の心を粟立たせた。
ソワソワさせた。
そこには、あまりに不均衡で不可解な事実しか横たわっていないからだ。
彼らは忠実に5W1Hを思う。
しかし、彼らは不快な衝撃を受けながらも実はそうまんざらでもないのだ。
そう、暇潰しが増えたから。
命を懸けるにたる多様性に、その動性についていくためには命を削るような行動が伴ってくるものだ。
時に自身を傷付け、自殺未遂などしてみながら。
そんな一つ一つが彼らには突拍子のないものに映るのだろう。
それが何かしら嬉しいのだろう。
だから、不良や死に憧れる。
当の逸脱者逹は只々内的なバランスを保とうと必死なだけなのに。

浄土 ー ある男の述懐 ー

あんまりにも世間が汚ねーもんだから、おいら、嫌になってね。
でも、世の中希望が無けりゃ生きていてもしょーがねぇし。
ましてや死んじまっちゃぁ、お母に申し訳が立たねぇやね。
でもな、やっぱ信じるってぇことがどうも大事なんだな。
大丈夫、まだまだこれからだ。ここは汚ねーけど、どこかに穢れのねーまっさらな綺麗な土地があるもんだって。
でもな、それは想像だから魂の話になんだな。
するってぇと、この汚ねー世間てのにべったり張り付いていやがるのは俺の身体ってことになる。
だからな、身体が無くなりゃむしろ万々歳ってこった。
その穢れのねー魂の世界ってのが、いわゆる浄土なんだな。
しかしな、したらつれーからすぐ死にたいなんて言い出す輩ってのが必ずいるもんだ。
そんな奴には色々とその浄土ってやつの説明をしてやらないかん。
しくみなんて想像の限界があるからな、そこんとこ夜な夜な考えてるとまぁ、結局は世間なんかにまた近づいていくことになっちまうんだな。
でも殿様と菩薩さんの一番の違いはな、殿様は自分勝手に振る舞って時には人を殺しちまうもんだけど、菩薩さんってな、ぜぇーんぶ救っちまうんだな。
そこがな、浄土ってやつのすげーとこなんだよな。
しくみの話だったげな。
しくみはな、よーするに殿様みたいなのがいてな、さらに下には大名みたいなんがいんだな。
それぞれんとこに行ってな、てめぇの人生なんぼかっていう勘定を受けねばなんね。
その勘定てのがな、銭こでねくて徳だってのが粋なんだよ。だからな、自殺なんてしたらそいつぁ人殺しと一緒で一番の大罪だ。
こんな穢れた世の中だからな、せいぜい徳つんでみんなで世の中良くしてな、浄土にいって救われようってな、そういうことをお釈迦様は仰っておられるみてぇなんだな。
死ぬまでに、少しゃぁ住みやすい世の中になってりゃいいんだがなぁ。

2013年11月17日日曜日

大手新聞・TVを見る人は、"情報"が欲しいと思うひと。

見ない人は"真実"を知りたいと思うひと。

"正しさ"に従順であれ。

2013年10月27日日曜日

たまには

小難しく遠回しなことはとっぱらって、平易な言葉で自己述懐しようじゃないか。

ということで、私が行っているのはノルマと習慣の芸術である。
それは、サラリーマンと美術を繋げる運動である。
動機はある日、宮沢賢治が芸術とは労働者のものであると言っているのをどこかで読んだからである。
琴線に触れた。ぴんときた。合点がいった。まさに、と思った。
おそらくここらへんに"日本"が在る。
賢二の周辺に日本が在るのが、臭いでわかる。
その香りを辿ること、造るという行為を通して辿ること、それが私にとっての美術という表現である。
毎日同じような時間の同じような電車に乗り、たいしたドラマの無い日常をおくる。
しかし、それを"死んだような"とか言ってくれるな。
彼らは日々呼吸をしエネルギーを接種し休息をとりまた明日を生きている。
私もそのように在りたいのだ。
そのように在りながら、それをARTというものに当て嵌めて彼らを礼賛したいのだ。
私の日常、鼓動の一つ一つを鍛きこむようにして、少しでも近づきたいのだ。
だから、どうかARTに縁遠い人達も気楽な趣味だとは言ってくれるな。
皆それぞれに大変で、皆それぞれに幸せなのだから。

どうしたら

どうしたら"日本"の顔はもっと生き生きするのだろう。

"人生"という空語
"教育"という欺瞞
"安心"という詐欺
"平和"という無関心

争いは放棄したはずなのに、朝の車中は不満と倦怠に満ち満ちている。

2013年10月14日月曜日

全てのものは、発生し消えていく

太陽も地球も宇宙だって

大きなものほど緩やかに
小さなものほどせわしくせわしく

明滅する生命現象

私という存在は、そのようなものの一つで一部である

2013年10月6日日曜日

発言を避ける大人

傲慢な若者

独り歩きの政治家

考えることを止めた民衆

洗脳をするための国民国家

滅ぶ文化・習俗・民族性

お金がただただ世界に取って変わろうとしている。
稼いでるつもりの鬼畜達。
世界が自分一人の力で成立していると思い込んでいる。

"人間"の周りに汚れがこびりつきすぎた。

どんな洗剤でも取れやしない。
平和な現代では、失恋をするとおそらく仏教が分かる。
と思う。
世界は苦であり、苦の原因は人間存在の因果や業としそれらを精神の鍛練により解脱する。
解脱の先には浄土があり、まさにそこには山川草木悉皆成仏の成仏観が横たわる。

愛する者との別れはおそらく死の消失よりも辛い。
それは現代において死というものが本質を失った、もしくは我々はもはや死の本質に対しての感受性を失ったからだ。
おそらく半々といったところか。

愛は普遍である。
決して変わることのない、出会いの興奮と別れの痛み。

たかだか愛でもなければ死でもない。

愛死美絵無

最後に肩透かし。

2013年9月18日水曜日

社会とは、倫理と論理のバランスである。

芸術とは、感覚と理念のバランスである。
激烈な強さ。

認めざるをえない孤独。


それらは表裏一体である。
相補性、光と影。
光源の強さに影の濃さは比例し、どちらか一方が消滅することはない。(重箱の隅をつつくような屁理屈を抜きにすれば)

孤独を愛するということは、あらゆる艱難辛苦に寛容になるということだ。
孤独とは意思と選択以上に、己の資質、運命としか言いようがない必然である。


そうして私は敢えて言う。


私は、孤独を愛する。

2013年9月10日火曜日

適当にほっつき歩くと、ふいに取り残された時間と出会うことがある。
この、"モノが時間を体現している"という状況が自己や世界の認識にとても大事なことであって、その感覚が失われていくと"世界"は人間の認識や倫理を失ったものになってしまう。
自身の感覚と社会における、歴史的現在年としての意味。
そこを大事にしているから、現代アートだ!と、言いたいのである。
ARTやARTISTというものは、社会における立派な機能の一部である。
機能とは、目に見えるデータや収益やといった単純なものではない。作用も反作用も機能であるし、むしろ動的平衡や多様性である。そこを忘れる、もしくは否定したくなってしまうから、こんな日本になってしまった。
世界中に嘘と放射能をばらまいて、アメリカの影に隠れて非道徳な行いをする、そんな日本になってしまった。そんな日本にも気がつかず、オリンピック招致にぬか喜びをする骨抜き国民国家を作ってしまった。
"心"いう空語。本当に大事なのは"こころ"であるのに、日本から"こころ"が抜けている。
失った"こころ"を取り戻すため、それぞれの分野にいるそれぞれの人間がそれぞれできる範囲の最大限の努力をすること、それがきっと大きな力を生むと信じている。
目下、私はそれを美術で体現している。

2013年8月25日日曜日

松岡正剛 千夜千冊 「プリンシプルのない日本」白洲次郎著
なにもプリンシプルは国としての体だけでなく、個人において重要な精神規範・行動規範になりうる。
さすが松岡正剛。今回も素晴らしい編集的視点を頂いた。
気に入った部分を抜き出した。 以下。


 白洲次郎は日本にプリンシプルがないことを悔やんでいた。プリンシプルは原則といった意味である。プリンシプルがないとどうなるかいうと、白洲には日本の敗戦と戦後がいつまでも続くだろうと見えたのだ。
 白洲は交渉に勝てと言っているのではない。必要に応じては、妥協もかまわない。しかし、それでもプリンシプルを通したうえで妥協をすべきなのである。わかりやすくいえばプリンシプルをもつということは「こちらの筋を通す」ということだ。“対等”を通すことだ。その「こちら」をやらなくなった日本が残念なのだ。
 プリンシプルのない妥協は妥協ではない。たんなる「ごまかし」か「諂い」なのである。
 なぜ日本にプリンシプルがなくなったのか、白洲はあるとき小林秀雄に訊ねた。「儒学を失ったからだよ」という答えだった。「いつ、失ったのか」と尋ねると、「ま、明治半ばまではあったよな」だった。
 かつて唐木順三は「日本の教養は明治20年生まれまで、そのあとは衰弱していった」と書いた。日本のプリンシプルは明治半ばまではまだ息づいていた日本的な儒学を含む教養だったのである。
 もう少し補っていえば、日本儒学であり日本陽明学であり、また国学や洋学なのである。また漢詩とウィリアム・ブレイクとシェイクスピアであり、老荘とモンテーニュとパスカルなのである。それらが「もののあはれ」や「無常」に裏打ちされたもの、それが日本のプリンシプルであって、日本のリベラルアーツなのだ。
色んな人間が色んなことを言っている。
色んな人間が色んなことを考えている。
そんなこんなになるべく関わらないようにせねばならん。
そんなこんなの核心に触れていなければならん。

何事もバランス。
動的平衡。
在るがままに。
Let it be.

2013年8月20日火曜日

親からお小遣いをもらい、アルバイト先からお小遣いをもらい、会社からお小遣いをもらう。
それは社会では"お給料"と呼ばれるものらしい。
小中高大就職結婚出産出世。それが"人生"の全てであるらしい。

これが日本人の20代30代の現状だ。
もしかしたらそれが日本の現状とも言えるのかもしれない。
立派な労働の対価としての給料と、お小遣いとしての給料。それはどこで線引きがされるだろう。
それは、労働に対しての意識や手にしたお金の使い方、人生観や世界観ではなかろうか。一言で申すならば、"価値観"の持ち方ではないだろうか。

今の日本人の殆どは、就職することで考えることを止めてしまってはいないだろうか。
就職することで未来永劫の安心と安全を勝手に傍受してはいないだろうか。
もっと良くない場合は、大学に入った時点で勉強をやめ思考をストップさせてしまってはいないだろうか。
もしくは人生で一度も自分の世界を疑ったことが無いのではないだろうか。
まだあまりに稚拙な人生経験の中で、すでに高慢なプライドを胸中に蔓延らせ他人の話に耳を塞ぎ、自身により自己という精神をぬるま湯でちゃぷちゃぷと遊ばせてはいないだろうか。
"人生は甘いものではない"
それはどんなアンポンタンな大人も口を揃えて言ってきたことだ。しかし、そこでいう"甘さ"とは一体どれだけの"大人"が分かっているというのだろう。
"大人"とは年齢か。はたまた就職か。では日本であればJ-POP歌手は大人か、プロかアーティストか。自分でアポイントを取り営業し仕事を取り収支の計算をしていなくともそれは特別か。特例か。
それらがたかだか小中高大就職結婚出産出世で全てまかないきれる話だと本当に思っているのか。
だとしたらあなた方、むしろ大丈夫か。

明日、世界は崩壊するかもしれない。それは身近な家族に起こるかもしれないし、信じ頼りきっている社会システムで起こることかもしれない。ある日突然、我々の生活は全ての人類平等に原始時代に回帰してしまうかもしれない。そんな中ではハリボテ国民国家の"日本"など一瞬で掻き消されてしまうに違いない。いわゆる神の、ほんの一掻きで。
そんなことは考えないのだろうか。どこにも保証の無い明日というものに不安も懐疑も抱かないというのだろうか。しかも逃げではないと思い込む、もしくは逃げているという自覚さえ無い。
いつの間にか現代人たるものはこんなにも傲岸不遜の極みに達した。
私は無論、身体性の蓄積によりこれらのことに対抗していく小さな力を発揮していくほか自身の答えを見出せないのであるが、その発揮もこの土地ではもはや危うく、その価値さえ失われてしまった湿度の無い人間砂漠なのではないのだろうかと考えた今日この頃。
理解がされるだろうことを諦めきったうえでの心情吐露もこれでいくつかになる。
別れられない男女関係と同じように、自身を思えばこそ歴史的現在年としての"日本"を思わずにはいられない。それが、私にとっての歴史的現在年としての"私"なのである。
この先、この戦いの末に何が見えるのか。
しかし、私が生きている限りこの戦いは如何なる形においても継続されることとなるだろう。
それは、私がこの歴史的現在年の日本に生まれた根元的な理由、天命の立証であるからだ。
他力本願の極致としての神は崇めなくとも、天命はある。
それは死に際しての生きた証として顕れるものだ。
人はやはり、"死"こそが"生"であり"生"こそが"死"であるのだ。
空海はとっくにそのことを見抜いていた。

生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く
死に死に死に死んで死の終わりに冥し

2013年8月18日日曜日

やはり腰を落ち着け長いスパンを頭に思い描いたうえで、考え続けなければならない。
批判をするのは誰でもいつでもできる。大事なのは明確な希望と可能性の提示だ。これは誰か一人の力で何とかできるような類の事柄ではない。
一番の基本は忘れないこと。それを基礎としたうえで倫理を根幹としたエネルギーと経済、軍事力の是非と日本の在り方を論じていく必要がある。
それらは決して腐った政治家と欺瞞に満ちた国会に任せ切るものではない。
日本の中での個から様々のコミュニティーにおいて多様に語られ論じられるべきである。
正解は、おそらく、無い。
と言う他は無い。なぜなら、この歴史的現在年における夥しい"個"の集合体の意識、価値観を一つに踏襲するなど完全に無理な話だからだ。宇宙の仕組みからしてそうはなっていない。だから、独裁というものは必ず終末を迎えてきたのだ。これは民衆の意思の勝利のほかに巨大な摂理の働きを感じ取るべき事柄である。間違ってはいけないのは、決してそれは"神"などという他力本願の塊による有難い啓示などではないということだ。
逆も然り。我々の感覚を超える大災害、大事故、そうまさに東日本大震災という名詞に隠された明確な"人災"。は、神などというものの手によるものでは一切ない。
敗戦後の舵取りのなかの誤りと米国の非人道的な世界経営観、傲慢・欺瞞を主軸としたエリート教育と国公立の洗脳骨抜き教育。これらのどこが神と運命と啓示なのだ。
いいかげん寝ぼけた頭を揺り動かし起きるべきときはとっくに過ぎている。
なぜ神がどーのこーのと言うかと言えば、現在の日本人の殆どの脳は無宗教ながらもほぼ100パーセント他力本願、いわば神と奇跡と偶然に頼りきっているような状態だからだ。
実存主義がいいわけではない。しかし、実存さえ持たないというのはあまりに稚拙な精神観だ。むしろ、人間として生まれた意義をまだ一つも感得していない状態だ。それが、年齢を問わず日本国民の殆どの心的状態である。
この嘆かわしさ、憤り。憤怒を抱えるに十分に足る歴史的現在年としての日本である。
さて、話がまたも稚拙な批判に逸れてしまった。批判の批判をしながら感情的批判に足が向いてしまうのはまさに悪い癖である。I can't shake off my bad habit.悪い癖がぬけなくてね。何故か一瞬で暗記してしまったセンテンス。これは我が本質を暗示したからか。
原発に際し、個人的感情と社会におけるアーティストとしての立場からいうと徹頭徹尾反対で、今すぐ世界中何処においてもあらゆる核開発を凍結し速やかに全ての処理に向けて各国がまずそこにおいてのみでも協力し合うことが何よりも重要かつ迅速に取り掛からなければならない人類の急務である。
また一方、現世にしがみつく我が業に従い感情を一旦殺し切ったうえでものを申せば、平和利用としての可能性とリスク、明確な改善点とその手法、緩やかなエネルギー転換と新たな軍事力保持の建前を必要としている、この小さな島国"日本"の苦労が分からないわけではない。政治家の"ご苦労"は別としてだ。
そもそも我々は生活の殆ど全てを既に問題の"電力"に依存している。残念ながら手放しで批判できるほどの潔白では毛頭ない。
しかし、声明・信条・心情・理念・観念・哲学・精神規範・行動規範において少なくとも全面賛成ということだけはあり得ない。それだけは断じて間違っている。
だから、意識調査と銘打って既存のいくつかの選択肢を選択させた巧みな誘導尋問による統計など全くの無意味だ。賛成にしろ反対にしろ、それら全ての賛成と反対に質というものがあり思考プロセスと決断が種々雑多に入り混じっている。そう、まるで数字のうえでの死者の数が問題なのではなく、その死者の数だけ、その数だけの「死」が現実に在るのだということが重要なのだというように。

戦前を忘れてはいけない。戦後はまだ終わっていない。東日本大震災はまだまだ終わらない。原発の被害はいつ果てるとも知れない。これから新たな震災、災害、人災が日本列島を覆うだろう。
もともと他人事など一つも無いのだ。
明日は我が身。
大なり小なりこれは至るところで真実である。
生と死、出会いと別れ、傍受と喪失。
それら全てが他人事ではないのだ。
今一度、我々は歴史的現在年としての日本の"今"がどうなっているのかを知ろうとし、考えなければならない。

2013年8月10日土曜日

TPPについて、西武秩父線の廃線に然り(世間的には小さいことかもしれないが、自分には身近な問題であった)このままアメリカに食い潰されてしまうのか、もしくは観念的にでもアメリカの一州に数えられてしまうのか、友好国の皮を被った敗戦被侵略国。
国民国家としての"日本"には興味はないが、風土・文化としての日本は言わば自己の形成粒子の魂である。
これ以上勝手な理由で蹂躙されてくれるな。
政治家による勝手な日本経営ゲームに振り回されるのはもうまっぴらだ。
もちろん企業家の世界人としての傲慢な自覚と利己主義にも。
倫理と論理(もしくは合理)の区別ができていない。
親の潤沢な資金の一部で外国へ遊学を決め込むのはよいが、平成以前の思想、歴史を学べ。むしろ江戸、むしろ桃山、蝦夷、平安、武家、平家!

しっかりしろよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

2013年7月30日火曜日

藝術とは社会における確固たる能動性である。
"成るようになる"ではなく、"在るようにする"なのだ。

アーティストとは動詞である。
チャラチャラと下らない自己陶酔に浸ることではない。
断じて、ない。
だから、アート・表現は労働者と共に在るものだし、この国のシステムにおいて歴とした社会における機能の一部であると認められるべきものだ。
我々もまた、サラリーではなくとも資本家様にお金を頂き生活をする気高きありんこだ。
藝術とは庶民の声である。決して資本家の耳目を酔わせ満足させるためのものではない。
叫びである。嗚咽である。憤りである。

私の脳は生まれた時から怒っている。

2013年7月29日月曜日

artについて 2013/7/27

ARTとは、自分を包括する世界との対峙の仕方である。

"自分"があるようで無いものであるという希薄な自己認識の根本に気付いてしまった以上、"自分"というものがとるに足らない一現象であると気付いてしまった以上、他者という現象を愛しひたすらに自己の顕在化をはかり、さらにそこから他者が他者なりの"自己"を引き出せることを願わずにはいられない。
私が私を顕在化しようとする時、私という一つの気まぐれが空間と時間のある一点に高密度に集中し発生したということが宇宙でいうビッグバンに相当する。
その土地のその草花のように、そこにあるものはそこの生成物であり、そこに在るものはそこでこそ本領を発揮できるというものだ。
これはあらゆる自然も人間性も社会システムも全てにおいてそうだと言える。
だから、我々は既存の国民国家というものに疑問を感じなければならなく、それで良しとする世界を疑わなければならなく、TPPというシステム自体の発生を疑わなければならない。
米国や英国が世界制服をしたところでそれは侵略と服従、蹂躙に他ならないことであり、そこに平和の福音をもたらすなどという驕り高ぶった厚顔を信ずべき要素が何処にあるのだろう。
私には、もはやARTにおいてしか人間が人間として居るための健全な精神というものが保てないのではないかとさえ思えるのだ。
そこの共感の輪を広げてゆくことがもしできたなら、私は一先ず生まれてきた意味があったのだろうと自分を慰めることができると思う。

2013年6月19日水曜日

電車の発車間際、次の電車を待つために開いているドアの前にならんでいる。
目の前のドアはすでに鮨詰めである。
はたしてこの状況下における関係性は極めて良い問いを提起してくれている。

私は"見ている"のか"見られている"のか。

2013年6月16日日曜日

2013年6月11日火曜日

原宿駅、新宿駅、目白駅は結果論的な造られ方をしている。
ような気がする。
他にもあるかもしれない。
例えば池袋以降品川あたりくらいまで。
だからどうしたかと言われればそこまで。
だが、そこに何がしかの"記憶"の片鱗がみえる。
汐留やお台場や六本木にはないような。
地元の駅も、いまは記憶のカスほども無い。
ココガワタシノウマレタトコナノカ。

故郷の面影、私の眼前から消えようとしている。
蹂躙せよ。焼き尽くせ。
億の後悔の念をもとに、また再生するがいい。
人間よ。
大地よ。

霊を信じ己を信じよ。

ミニスカートの太ももに、エロチィシズムの興奮を押さえきれない車中より。

2013年6月9日日曜日

存在の帰属はその土地の気候風土である。
すなわちそれが我々の形成粒子であり、内在し眠る記憶である。
それを喚起するのが社会における芸術の機能の一部。
ならば、この土地の芸術はこの土地で評価され消費されるのが普通だ。
あらゆる消費活動は全て"エネルギー"の消費である。
人間はエネルギーを消費する機械、分解機能を持った酵素のようなものだ。
芸術とは消費対象でありながら、芸術家の生成物、愛しきうんこだと言っても差し支えない。
では、芸術家は何を消費するのか。
それは、実感や体験における実存である。
だから、芸術家は旅をする。
時に思考の宇宙へ旅をする。
はたまた動かず古の記憶に旅をする。
日本の湿度が色彩が四季が天災が育んだ"我々"というものを、個の純化によって表出したい。
何気ない日常が密かに降り積もり、億の記憶は山を象る。
その見えない山を感じることが、現代人として未来の道を見失わない方法である。
道は途となり途は未来を指し示す。
道は未来からの光を目指し、途は未来を照らす光となる。
光の途は、もはや実態の無い、そう有機交流電灯のあの光そのものである。

2013年6月3日月曜日

人間は暇だとルールを決めて管理をしたがる。
要するに、脳が萎縮し多様性に耐えられなくなるため、世界を規定し楽をしたがり精神的ブヨブヨに陥るのだ。
政治から教育現場まで、およそ"公"の字があてはまりそうなところでは既に蔓延している生物的な疾患である。
心がブヨブヨになってしまっては、心のGYMを見つけて個人で個人に合ったシェイプアップをするしかない。
もしかしたら、それは実際の身体的運動と連動しているかもしれない。
何故なら私はそのタイプであるから。

私の美術は運動である。

人間をサボってはいけない。
我々は、小さくて賢くてまじめである。
協調性を重んじ争いを好まない。
外面的な派手さに乏しく内奥を愛す。
着物の派手は、もののあはれである。
感情を顔に出すことをみっともないことと考え激しさは内面に持つ。
常に対極を意識することを心掛け、文学に秀で芸術的なセンスを持つ。
笑いと祭りをこよなく愛する大和民族である。

2013年5月17日金曜日

作品を入口とした、私の"世界"について。
例えば一つのルールにおいて、私は身体性というが、それは暴力性だともいえる。
暴力や逸脱というものに過敏に反応する神経病みの現代には、少々過激な気持ちであれおそらくそれは個々の中で何らかの警鐘となることだろう。
蓄積された万物の分子的な奇跡や時間、我々を構築する愛しき全てのものたちがどんな些細な場所にも生きているということを、人は知っていなければならない。
木にも石にも水にも風にも土にも太陽にも...
すべてに概念的な"血"が通っているということを。

20130408

2013年4月8日(月)、私は犬を庭に埋めた。
その日の前夜、母のフルートの発表会後のささやかな打ち上げから帰ってきたとき、私の犬は既に身体を固く強ばらせ横たわっていた。
身体はまだ温かさがのこっていたが、尻尾の方には小便と糞が置き土産のように置かれていた。
目は開かれていたが、そこにはもう光はなかった。
15年と8ヶ月。
卒業式の常套句である“長いようで短かった”が、これほどに胸に迫ってきたことは一度もない。
本当に、長いようで短かったのだ。
人間で言えば105歳ほどだそうだ。
大往生である。
葬儀は当初、ペット葬儀屋に火葬を頼むつもりだった。
しかし、あまりに安っぽくチンピラ臭いペット葬儀屋のシステムと火葬、成仏といった図式が動物には似つかわしくないように思われた。
私達は話し合い、土へ還すことそれもうちの庭に埋めてそこに花を植えることを決定した。
なぜなら、うちの犬はうちとその周辺の散歩道と病院が世界であった。ならば、その世界の中で地球へ還っていくのが我々が考えるせめてもの“幸せ”であった。
翌日、私は一時外出しその間に母と姉が段ボールで柩をこしらえ花を添えた。
私の役目は帰ってからの穴堀だ。
柩の大きさは縦670×横850×高さ300(mm)。私は大体の検討をつけると、思い切りスコップを土に突き刺した。スコップは案外にスムーズに差し込まれ、地表にいる芝生達の世界を無慈悲に破壊した。
掘ること1時間ほど。
私の膝ほどの深さのある、中々に見応えのある穴が出来上がった。
しかし、弛みきったサボり気味の私の身体には中々に堪える仕事量だった。
だが、何より驚きどことなく喜ばしいことは、今埋められようとしているその屍の質量を実感できたことである。
私はその生きていた屍の、魂の入れ物としての身体の、我々の3次元世界においての指標たるものを、まさに身体で感じ取ったのだ。
万物における“生きている”という事実の一端が、私の中に溶け込んだ。そのように記述できるであろうことを“体感”したのだ。

確かに火葬は楽である。まして業者に頼むのならなおのこと、しかしそこに「生の質量」たるものの実感はない。
死んだことの実感ではなく、一個の生命が生きるということの量を感得する。
それが言わば、死の持つ意味の一つであることを、私は命を通し教わった。

やすらかに、そしてありがとう。

おやすみなさい。
大事なことは自分の表現に物語をつくること
そしてそれを歴史との相対性の中に置くこと

そうすることで、歴史的現在年としての表現="現代アート"が生まれる
いつか地球の地下は核廃棄物でいっぱいになってしまうだろう

いつか地球の大地は全て放射性有害物質に汚染されるだろう

変異体に満ちてへんてこな世界ができあがって全ての生き物に淘汰が訪れる

ある生物は変化し、ある生物は死滅し、またある生物は新しく発生するだろう

その時、我々人類はどう在るだろうか
世界の不条理さに傷つける、そんな純粋さでありたい

2013年4月4日木曜日

福島の停電問題に際し、東電の社長らがなんと"1ヶ月"、"5パーセント"の減給"処分"を受けるそうだ。
どのように彼ら個人の資産において"処分"になるのであろうか。
聞いてみたい。
かたちばかりで"処分"を決め込んで、国民がそれで当然満足するであろうという、もはやお幸せ者としかいえない性分は、むしろ"おめでとう"としか言いようがない。
これが、国が国民の血税を多額に注ぎ込んでまで維持したい電力会社の実態である。
これはまさに国体をしておめでたい血税にまみれた馬鹿大国だと国民に名乗るようなものだ。
この恥ずかしさに気がつかないとは、もはや救い用がない馬鹿を相手にするようなものである。
やはり霞を喰っていきている輩の腹の中には邪悪以外のなにものも蓄積されないらしい。

そう、例えば、良心とか。

2013年4月2日火曜日

人間を人間たらしめるものは"智"である。
それを傍受するための資質を知性という。
よって、知性には資質的な向き不向きがある。
知性がないからといって、それは集団生活においては確かに少々野蛮じみたものであるには違いないが、しかし、原始的な運動能力に秀でそれはスポーツというかたちで社会に貢献されるかもしくは運動的能力が必要な仕事に従事したりすることなどで、十分に我々人類の集団的秩序・調和に貢献しているなくてはならない存在だ。
それでなくとも類い稀な純粋さを胸に秘め人を感嘆させることもあるだろう。

つまり、私は良し悪しの話をしたいわけではないのだ。

智において特に我々人間生物として秀でたものを"叡智"という。
例えばそれは、アマゾン奥地の少数民族が持っている山や川の知識、ミクロネシアの人々が持つ海や航海の知識、はたまた科学や料理、この世のあらゆるところに叡智たるものは存在する。
しかし、どのような智にしろ"何"を選択するのかということが重要だ。
これまでの先人たちの創意工夫によって、現代の我々の身の回りにはあまねく智が無造作に転がっている。
文明的教育とは、その選択力を養うことにある。そこに向き不向きはない。
皆それぞれにできることとできないことがある。その自分の資質を知るために、できる限り多彩な経験というものが必要なのである。
その多彩な経験を示唆することと、経験を得るためのあくまで補助的な推進力をほんの少しだけ協力することが、文明的学校教育の意義である。
つまり、教育とは社会および資本主義秩序を保持するための体のいい労働力を作り上げるための洗脳ではないのだ。
知識とは、我々人類が根元的に"生きる"ために生み出されたものだ。決して小中高大学校に入り就職をするためのものでは断じてない。
より自分らしい人間的な生を全うするために知識を選択し、学び、編集し、ただの知を智にまで高めしむること。
それがこれからの、少なくとも我々日本人が持つべき教育の在り方というものであると私は思う。

願わくは、我々日本人の一人一人が人類の叡智を持って平和の一助たることを。

2013年4月1日月曜日

世の中の若者。
どれだけ呑んだか酔っぱらったかの話ばかりしている。
ぶっ飛んだアソビも知らなければ、素晴らしい知の話も無い。
同じ若者として、私は非常に嘆かわしい。

もう、本当の本当に、日本はいよいよ終わりかもしれない。

大学生までは“子供”で、就職=社会人・大人。
という、このあまりに稚拙な認識の図式は変えることはできないだろうか。

思わず頭の中に忌々しい2文字が浮かぶ。

「馬鹿」

だが、私はどれだけ違うと言えるのか。

2013年3月29日金曜日

桜は狂い咲く
桜は死を想わせる
桜は時間さえ、まるで我が身に備えたようだ。
桜は強さと弱さを体現している。
やはり私達は、どうしようもなく毎年1度、桜に狂うのだ。

日本および東洋、亜細亜を踏まえたうえでの"在り方"を問う

現代の“常識”
それに対しての明確な日本流のアンチテーゼとその方法

結果もたらされるであろう福音の世界

それは希望的観測に依ったもので構わない

なぜなら、それが私の夢なのだから

夢とは持ったときから散りはじめる、まさに桜のようなものである。

この世に生を受けることが、もし何かしらの役目の始まりだとすれば、私は私の役目を全うしたい。

江戸の俳人 室井 其角は、交尾を終えたカマキリの雄がそのまま雌にかじられていく光景に、稔りを終えた草が葉を枯らせていく光景をダブらせて、「蟷螂の尋常に死ぬ枯野かな」の句を詠んでいる。

2013年3月24日日曜日

松岡正剛をことわざにすると

「知の風呂につかる巨人」

刺激的な“知”のお風呂につかって、ふぅーっと気持ち良さそうに溜め息をついている様

2013年3月21日木曜日

「平和とは秩序である。」

この言葉が甘美な罠と虚偽の大義名分となり、ただの覇権争いを絶えず繰り返しているのが国家というものである。
秩序という名のもとに戦争をし、勝つことで「正義」になるのだ。この凄まじいマッチョイズム。

民族の領土範囲が隣と地続きであるということは、筆舌に尽くせないほどに退っ引きならない状況であると想像するが、やはり我々には理解することは不可能だろう。

だからこそ、我々のパーソナリティーはそれらとは反対に位置したところにあるのだが、どうも今の我々の脳は色々と変化してしまったらしい。
隣国のニュースは反日ばかりで、何故か本来ならば全く関係ないほどに離れた米国のニュースが必ず1日に1つ以上流されることに疑問を持たない我々は、もはや環境に慣れた奴隷や囚人のそれであろう。

私はそれらに美術の思想を持って、断固反対したい。
だから、美術以外に従事する人達もそれぞれが在るべきかたちを模索し、そう在ってもらいたい。
まずは世界を自分で捉えなおしてほしい。

お金を貰う前に、お金を払う前に、安直に返事をする前に、既存のサービスを選択する前に、生き方を決めてしまう前に、少しでいいから立ち止まってほしい。

いつかきっと思い出すだろう。

土や雨の香りや風の音、太陽の光や雲の色やかたち、星の瞬きに彼岸の声を。

いつかきっと気がつくだろう。

自分の生きていると思っていた世界が、世界の本当に微少な一部分であったことを。
我々が生きているという奇跡と、生きるということが自由の行使であるということを。
妬みや恨みや気負いというものが如何に軽くて覚束なく不必要なものであるかということを。
お金というものが価値の媒体物であるということを。

“知る”こと“気づく”こと“思い出す”こと。
そのために藝術が在るのだということを、いつか我々の地でも話されることがあるだろうか。

私はそうだと、信じたい。

2013年3月18日月曜日

嘘と言い訳の連鎖は遁世という逃げを行使しない限り一生続く

2013年3月17日日曜日

藝術とは金持ちの嗜好を満足させるためのものではない。

藝術を不必要だと断じる人間は、まずお金と価値と価値観と資本主義と対価と消費と人間というものについて沈思黙考し論じるなりなんなりして、それらについて自分なりの考えというものを持つ必要があると思われる。

そのためのヒントが、藝術にはある。

2013年3月7日木曜日

戦争はなくならない

戦争はとめられない

しかし、批判も反対も法による拘束力はない

なぜ自由を行使しないのか

なぜ発言をしないのか

我々の自由とはなんであるか

生き方を選べる自由を与えられているのに、人から貰うことばかりを考えている

人生はお小遣いではない

私の時間は私のもの、あなたの時間はあなたのものだ

私の認識する世界は私のもので、あなたの認識する世界はあなたのものだ

世界が認識によって知覚されるのであれば、それはまさに世界が自らをもって由とするという、己の裁量に全てが任されているということではないのか

もっと切実に、もっと激烈に

我々若者には、そんな“自由”があってもいいのではないだろうか

自由とは、大いなる自己責任にほかならない

決して好き勝手とは違うのだ

”記憶の暗号”に潜む想い、”記憶”を扱うことの意義

ふとした時に、何とも言い難い“懐かしさ”を感じる時がある。
しかしそれは、日本に限らず世界中あらゆるところで感じるものだ。
優しい風がまるで何かを連れてきてくれたかのような、そして傍らを仄かに通りすぎていくような、そのような“感じ”がする。

古の人はそれを、“音連れ”といい、折口信夫は“来影”といった。

私は古寺や古仏、いつからあるとも知れずひそやかに佇むお地蔵さんが好きだ。
何かそこに言い知れぬ安心とざわめき、記憶を喚起させようとする静かな力を感じるのだ。
ひっそりとしたお地蔵さんのそれは、アフリカの大地に匹敵する。

大海原やマンションの屋上、広い河川での眺望や電車の運転席の車窓や船の前部に居るのも好きだ。
前に進むものならば、それは必ずその方向と同じ方向で見る眺望が望ましい。
だとすれば、やはり飛行機はおしいのだ。
しかし、あの天界の眺望はなにものにもかえがたい魅力がある。
だが、その絶景を最大限引き出して見ることができるのは、運転席より他はない。

私はそれらを唯好きであるだけではなく、それら全てに“懐かしさ”を感じている。
万物にはそれぞれ過去という“記憶”がある。
宇宙の、天体の、生物の、それぞれの記憶が識別される。
我々の記憶をもし記録しえていたとしたら、それは地球を何周もするような長巻となり、生物発生30億年のかなたにまで遡る“万世一系”の流れとみることができるようなものでなければならない。
歴史上の事実との符号性を糧に立証される我々の“記憶”とは、その万世一系の流れに端を発したものである。
私は我々日本人の“詠嘆”や“はしゃぎ”、“笑い”の質にこの地で育まれた風土を感じる。
その土地において固有の種と系が育まれるように、我々もまたこの島の必然的性を持っている。
よく世界から称賛されたり不思議がられたり非難されたりするものは、国民性ではなく民族性であり、それは土壌より萌え出る愛しき性なのである。
地球上にある1種類の生物が消えることで、その他の生物にどれだけの事件的負荷がかかることか。
それに加え、あるはずのその系はそこで途絶えてしまう。
何が欠けてもよいものなど一つもない、あまりに美しい関係性、秩序のことを本来は“世界”といったのだ。
だから、我々はその本来の“世界”を感得するために、六感を信じ最大限に発揮させなければならない。
まるで野性動物のそれのように。
そうした時に現代を流れる耳障りな不協和音や吹き溜まり、不快な汚泥、下水臭を感じることができるだろう。

城壁の石組みに懐かしさを覚えても、マンションのタイル壁には懐かしさを感じない。
森やその木々に溢れるような生命の息吹を感じても、歩道や道路にむりやり埋め込まれた木には生命の息吹どころか同情がつのる。

この国やこの地球は、“ナニカガオカシイ”

この違和感に対して、あらゆる生き方をする人間もできる範囲で各々考え尽くされた対処をしなければならない。
生きることに安心してはならない。
自然に安心や怠惰などというものはないし、そもそも我々の記憶は現世に対して警鐘を鳴らし続けている。
我々の中に在る、四五億年の奇跡の記憶。
きっとそれは私が求めてやまない、遡行の欲求の根源なのであろう。
私は鮭のように生まれたところへ帰りたい。
“郷愁”
だから私はえもいわれぬ怒りを抱え、叫ばずにはおれないのだ。
誰が祖国を焼かれうちが無くなっても平気なものだろう。
まるで現世の景観や世相は、古の人間たちが想定した地獄そのものではあるまいか。
造るも人間。壊すも人間。迷うも人間。決めるも人間。
我々は七つの社会的罪を犯してはいないだろうか。

・理念なき政治
・労働なき富
・良心なき快楽
・人格なき学識
・道徳なき商業
・人間性なき科学
・献身なき信仰


生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く
死に死に死に死んで死の終わりに冥し

2013年1月29日火曜日

雑記

他国もしくは肌の色の違う人種に対しては、歴史上鬼畜的な振る舞いをさも正しいと繰り返してきたイギリス人。
馬肉に関しては我らが友を食してしまったと己の業を棚上げするその価値観。

謎である。

2013年1月21日月曜日

2012年 〆

今年も1年の終わりがやってきた。
久々の実家(埼玉)へ向かう電車の中で、この1年を振り返る。

まず思い浮かぶいくつかのことは、新たな血縁の再認識と原発に対しての明確な態度の決定、そして我が母国が堕ちるとこまで墜ちたという哀しき実感であろう。

今年は自分の人生の中で最も海外へ行った1年であった。
まず、2月のKAJIMA彫刻コンクールレセプション翌日からのカンボジア・ベトナム旅行、次いで再従兄弟の銀婚式にお邪魔させて頂いた想い出深き南アフリカ。
夏にヨーロッパ旅行にてドイツ(デュッセルドルフ、ゲッティンゲン、カッセル)、オーストリア(ウィーン)、イタリア(ヴェネツィア)、そして1ヶ月の語学留学、Fijiだ。
何もかもが新しく、何もかもが楽しく、素晴らしい1年だった。
それに加え、南アでは日本大使館公邸での作品設置(現HITACHI Power of Afrika)、5月には学内において優秀と認められたための賞与。

南アとドイツでは再従兄弟に大変なお世話になった。
また、得難い信頼できる友として、善き再従兄弟に出会った。
彼らは年こそ4つ程離れているが、弟というよりは血を分けた友人と呼ぶのが相応しい。
私は正直、自分の血筋というものに感謝したのは今年が人生の初めてのことである。


しかしその反面、自分の人生の幸せを実感すればするほど、その出会いの幸せとは裏腹に、予期せぬ別れに見舞われ、住む処を奪われ、国の汚泥を一身に受け止め続けている被災地の痛感が胸を突く。

批判の気持ちと世界に対しての激情をなんとか「作品」(記憶の暗号 ―あの日の雨は、降り積もる―)として発表することにより、個人的にはなんとか落ち着くことができた。
これを誰ぞが自己満足だと言うならば、言えばいい。
美術におけるマーケットも教育も無い、もしくは腐りきった日本において、本物の「表現」をしているという自負が私にはある。
事実、少数ではあるが、私の作品に共鳴してくれる人や感動してくれる人達、私を信じてくれている人達のおかげで、私は毎年1t以上の作品を造り納めさせて頂いている。
無論、収支についてほぼ赤字といっていい。

しかし、その代価と引き換えに私はアーティストとしてのキャリアを手に入れた。
私は世界を見ているが、日本に対しての言葉を持っている。
なぜなら私は日本人であるからだ。
今や世界有数の馬鹿と愚劣の保有国であるこの日本において、日本人達の心に対して、私は語りかけたいと本気で考えている小さな若者だ。
味方は少ない。嫉妬する者、邪魔する者、馬鹿にする者、否定する者、それら全ては僕とは10も20も離れた「大人」達だ。
それら畜生共とは反対に、味方する者、傍観者、激励する者達は私と年齢の近い人達だ。もちろん、10も20も離れた大人の中にも私を応援し、激励してくれる方々は少なからずいるのだが。
私は既にとても多くの人々に支えられ、生きているのだ。
それらの事実に、私は正直に涙する。

私が表現の中に見ているもの、信じているものは、これら私の実感する人間の温度である。
人間は心の温度を無くしては生きていけない。
冷酷に人を殺す冷めきった温度には、共存というものは無く、破壊や殺戮という消滅へ向けてのエントロピーしか存在しない。

私は世界をそんなに知らぬので、日本を相対的に論じることは不得意とするが、私には今の日本の教育と共通観念から成る日本の舵取りは、経済と外交のみを指しているのではないかと思う。
一体、文化は何処へ行ったのだろうか。
前述した温度の話において、お金と人間関係の中での勝利や支配・侵略に、その温度は存在しているのだろうか。
無論、存在しない。
それは断言できる。
金は唯の価値というものの媒体物でしかなく、人を出し抜いてでも勝ちたいと思い生きてきた人生のあまりに空虚な現在を、誰が嘘無しに自分を肯定しきれるだろうか。
もしできるのならば、それは残念ながら強烈な自己催眠と言う他は無い。

誰もが知る通り、日本には伝統的なもの、生活的なもの以外の美術の市場は存在しないに等しい。
僅かにコンテンポラリーな市場は存在するが、更に正規の意味でのギャラリー・ギャラリストとなどのしっかりとした評価基準を持った市場は殆ど無い。
私は日本人として日本語を持って提言をしたいと常々考えているが、残念ながら有名人好きのミーハーな国民性と無関心と無感動の蔓延、自分で考えることを封じた教育にまみれたこの日本において、個人の表現など無意味である。
しかし、嘆かわしいことではあるが、主に「海外で売れた」・「有名である」といった理由で日本人はコロリと掌を返す。
何処へ行ってもまずは「スゴイ人」として迎えられ、傾聴に値すると思われて自分の話に耳を傾けるようになる。

私が日本を愛しながらも日本を出たいのは、市場の不在と国内では若くエネルギーがある時に社会への発言力を持つことができないからだ。
私は堂々と「在るべき未来への原点回帰」のコンセプトを述べたい。
そして、日本を世界において平和のイニシアチブをとる正しい先進国としたい。
そのためには、国と国民を思う温度を持った政治と、足るを知る無駄の無いエネルギー政策、直ちに原発を撤廃し代替エネルギーに変える、勇気あるエネルギー転換、何より国民の一人一人が世界を見て考えて、文明と社会の歴史と生と死・宇宙を感得するための教育が必要だ。
私は美術家及びアーティスト、藝術家を志す一人の20代の表現者である。
そのような若者が大手をふって好きなことを言える社会でなければならない。
人から貰うことばかり考える国民性を作ったところに日本の未来は無い。
私は私の理想を持って、社会を創る一翼を担いたい。
どうか人間が正しい方向へ舵をとり、異なる価値観を受容し、生きとし生ける全てのものが幸せに暮らせる世の中になりますように。
無宗教の私が祈ることに意味がある。
それこそが祈りというものが根源的であり、真に普遍的なものは民族的であるということだ。

来年の殆どはおそらく南アフリカをはじめとする外国で過ごすことになると思うが、どうか、今年よりは失望の少ない日本であってほしいと私は願う。
そして何より私自身が、私を信じ激励を送り時には様々な援助をしてくれる方々、私を愛していてくれる人達を失望させないように生きていかねらばならないと、ふんどしを絞め直して2012年の筆を置きたい。

記憶の暗号 ーあの日の雨は、降り積もるー


2011年3月11日、東日本大震災が起きた。
被災地には劣れども、生まれて初めての強烈な揺れへの体験と惨事に対しての非現実感にしばらく何も手につかなかったが、4月に入りぼつぼつと制作を始めた。

身のうちに起きた何かしらの変化と震災と人災の狭間で、心に何か違和感を残したまま制作をしながらゆっくりと考え続けていた。
震災に際しての何かをしたいという気持ちと無神経な好奇心に、すぐに行動を起こすことがためらわれ、震災に合われた地域と自分の生活圏内との距離にテレビ越しの惨事の情報がない交ぜになり、正直に頭が混乱したからだ。

結果、私はいくらかの募金をしデモに一度参加したきり何もしなかった。
それはあの時の日本人としてあってはならない形であったと私は自分を責める気持ちがある。

いいわけがましくも私は私の震災を在りのままのものとして、何かしらのカタチにしたかった。
明確な震災後の人災についても、プラカードを持つでもなく批判と否定の明確化を文字で表現するのでもない、美術としての在り方を考え続けた。

東洋と國と私と常識と倫理と個人的な時間軸と巨視的な時間軸における歴史的現在年の事実を圧搾し、余分な要素を捨て去るまでに1年という歳月を要した。
端的な要素に絞り込み、虚実の鏡の上に真実の水と負の表象として鉄を溶融したものを配置し、それを空間に展示した。

なるべく「在りのまま」として、大事な物事を作品として表現し続ける。
なぜなら私はジャーナリストでも思想家でもないからだ。
思想はあるが、私が持つのは美術家としての思想である。
何がどうであろうとある消えない事実が様々な人間の心と歴史に刻まれ、無くなるまでに大変な時間を要する目に見えない有害物質が大量に降り積もった。
その変えようがない事実への痛感が、新たに加えられた私が捉えた歴史的現在年としての今である。

サイズ;長さ6000×幅900×高さ100(mm)