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2013年10月27日日曜日

たまには

小難しく遠回しなことはとっぱらって、平易な言葉で自己述懐しようじゃないか。

ということで、私が行っているのはノルマと習慣の芸術である。
それは、サラリーマンと美術を繋げる運動である。
動機はある日、宮沢賢治が芸術とは労働者のものであると言っているのをどこかで読んだからである。
琴線に触れた。ぴんときた。合点がいった。まさに、と思った。
おそらくここらへんに"日本"が在る。
賢二の周辺に日本が在るのが、臭いでわかる。
その香りを辿ること、造るという行為を通して辿ること、それが私にとっての美術という表現である。
毎日同じような時間の同じような電車に乗り、たいしたドラマの無い日常をおくる。
しかし、それを"死んだような"とか言ってくれるな。
彼らは日々呼吸をしエネルギーを接種し休息をとりまた明日を生きている。
私もそのように在りたいのだ。
そのように在りながら、それをARTというものに当て嵌めて彼らを礼賛したいのだ。
私の日常、鼓動の一つ一つを鍛きこむようにして、少しでも近づきたいのだ。
だから、どうかARTに縁遠い人達も気楽な趣味だとは言ってくれるな。
皆それぞれに大変で、皆それぞれに幸せなのだから。

どうしたら

どうしたら"日本"の顔はもっと生き生きするのだろう。

"人生"という空語
"教育"という欺瞞
"安心"という詐欺
"平和"という無関心

争いは放棄したはずなのに、朝の車中は不満と倦怠に満ち満ちている。

2013年10月14日月曜日

全てのものは、発生し消えていく

太陽も地球も宇宙だって

大きなものほど緩やかに
小さなものほどせわしくせわしく

明滅する生命現象

私という存在は、そのようなものの一つで一部である

2013年10月6日日曜日

発言を避ける大人

傲慢な若者

独り歩きの政治家

考えることを止めた民衆

洗脳をするための国民国家

滅ぶ文化・習俗・民族性

お金がただただ世界に取って変わろうとしている。
稼いでるつもりの鬼畜達。
世界が自分一人の力で成立していると思い込んでいる。

"人間"の周りに汚れがこびりつきすぎた。

どんな洗剤でも取れやしない。
平和な現代では、失恋をするとおそらく仏教が分かる。
と思う。
世界は苦であり、苦の原因は人間存在の因果や業としそれらを精神の鍛練により解脱する。
解脱の先には浄土があり、まさにそこには山川草木悉皆成仏の成仏観が横たわる。

愛する者との別れはおそらく死の消失よりも辛い。
それは現代において死というものが本質を失った、もしくは我々はもはや死の本質に対しての感受性を失ったからだ。
おそらく半々といったところか。

愛は普遍である。
決して変わることのない、出会いの興奮と別れの痛み。

たかだか愛でもなければ死でもない。

愛死美絵無

最後に肩透かし。