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2011年11月13日日曜日

美術は音のやうに消えはしない

Jazzにはウィスキーとワンルームが似合う

できれば窓から何がしかの羨望を抱けるような高層マンションやなんかを見上げられると尚更よい

そして聞くときは部屋の明かりを消して一人でいることだ

僕には、目を瞑ると橋桁で一人奏でるサックス奏者が朧気に見えている

サックス奏者の感情が昂ってくると、そこにどこからやってきたのか、ピアノ奏者が感情が激した彼を何処かへと導こうとする

二人は連れ立ち次なる美しき世界へと消えていく

人間は人間に感動する

自然は自然
粒は粒
私は私

金はブルジョワジーのもの
芸術はプロレタリアートのもの
表現は僕のもの

東京のワンルーム

彼女の帰った、一人にはいささか広いその部屋で

Jazzを聞いても僕はどこへも消えはしない

世界は厳然とそこに存在し

僕は今日も藝術を模索する

ノストラダムスの声が聞こえる

知覚する側の感覚が世界の感覚である。

なぜなら世界は知覚されるものだからだ。

有史以前からかわらずそこにあるものを、宇宙の全てを包括するものを、知覚してから世界は始まる。

創世記は、今この瞬間にも始まっている。

トレースされ書き換えられ永遠の変容のスパイラルの渦中に我々はいる。

大事なことは、渦の中心を意識することだ。

渦の外側へ行けば行くほど中心へは戻りづらくなる。

渦の中心は動かない。

有史以前の香りがまだそこには残っている。

いささか磨耗し、風化してはいるけれど。


地下鉄の看板。

ゆるやかに看板が液晶のものへと移り変わってきている。

人々は止まっている看板を見ない。

この世から、少しずつ動かないものが消えていく。

メタボリズムの渦の中。

中心さえもが消えかかる。

人間という存在は、中心を失ってまで存在しうるのだろうか。

自己を滅亡へと導く自殺願望の塊のような人間の所業は、我々の未来をどう暗示するのか。

“人間”の真水は、“人間”の世界は、このままでは終わらない。

こんなふうには終わらせない。

世界は勇者と啓示を求めている。

バーチャルの世界の話ではない。

現実の、リアルの中に、世界を救う物語は今序章を迎えている。

立つのは誰だ。
仲間は誰だ。
救いを求めているのは何者か。
次に行くべきところは見えている。

啓示を読み解け。

最後の黒幕は我々自身かもしれない。