小難しく遠回しなことはとっぱらって、平易な言葉で自己述懐しようじゃないか。
ということで、私が行っているのはノルマと習慣の芸術である。
それは、サラリーマンと美術を繋げる運動である。
動機はある日、宮沢賢治が芸術とは労働者のものであると言っているのをどこかで読んだからである。
琴線に触れた。ぴんときた。合点がいった。まさに、と思った。
おそらくここらへんに"日本"が在る。
賢二の周辺に日本が在るのが、臭いでわかる。
その香りを辿ること、造るという行為を通して辿ること、それが私にとっての美術という表現である。
毎日同じような時間の同じような電車に乗り、たいしたドラマの無い日常をおくる。
しかし、それを"死んだような"とか言ってくれるな。
彼らは日々呼吸をしエネルギーを接種し休息をとりまた明日を生きている。
私もそのように在りたいのだ。
そのように在りながら、それをARTというものに当て嵌めて彼らを礼賛したいのだ。
私の日常、鼓動の一つ一つを鍛きこむようにして、少しでも近づきたいのだ。
だから、どうかARTに縁遠い人達も気楽な趣味だとは言ってくれるな。
皆それぞれに大変で、皆それぞれに幸せなのだから。
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