存在の帰属はその土地の気候風土である。
すなわちそれが我々の形成粒子であり、内在し眠る記憶である。
それを喚起するのが社会における芸術の機能の一部。
ならば、この土地の芸術はこの土地で評価され消費されるのが普通だ。
あらゆる消費活動は全て"エネルギー"の消費である。
人間はエネルギーを消費する機械、分解機能を持った酵素のようなものだ。
芸術とは消費対象でありながら、芸術家の生成物、愛しきうんこだと言っても差し支えない。
では、芸術家は何を消費するのか。
それは、実感や体験における実存である。
だから、芸術家は旅をする。
時に思考の宇宙へ旅をする。
はたまた動かず古の記憶に旅をする。
日本の湿度が色彩が四季が天災が育んだ"我々"というものを、個の純化によって表出したい。
何気ない日常が密かに降り積もり、億の記憶は山を象る。
その見えない山を感じることが、現代人として未来の道を見失わない方法である。
道は途となり途は未来を指し示す。
道は未来からの光を目指し、途は未来を照らす光となる。
光の途は、もはや実態の無い、そう有機交流電灯のあの光そのものである。
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