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2014年3月5日水曜日

寝る前の

なんだか、疲れてしまった。
そんな日は、きっと誰にでもあるのだろう。
情報を全部シャットアウトしてどっかの田舎で気になる全てをゆっくり観察したい。
何に疲れてどうして疲れてしまったのか。
一人の寂しさも、そろそろ一年が経つ。私は寂しいのだろうか。そうではない。
"なにか"を求めている。求めているものは明確ではないが、なにかを求めているということは明確である。時間?お金?愛?アトリエ?安心?希望に満ちた明日?
あぁ、これだ。
不安に疲れたのだ。
これは知っている。たまにそうなる。全てがうまくいかないくせに全てが面倒くさい。世界には努力、それも激烈な努力しか存在しない。さぼっている自身の情けなさが嫌いだ。
人の千倍生きなければ俺の理想は成就されない。社会にもの申したいなどと夢にもならない傲岸不遜を社会的機能まで落とし込むには、私の身体はあまりに不完全にできている。努力だ。激烈な。歴史はそれを明確に示す。考えろ。動け。足腰を使うんだ。不安は勝手な余裕の間隙にはびこるカビのようなものだ。忙殺し殺菌する。膠着しかけた身体の部分を解放する。血脈を激流が奔る。目をひらき、全てを見る。観る。
ここまで書いて、ようやく眠くなってきた。幸せになりますように。そのための努力はなんでもするから。伝えたい気持ちを押し込んで、今日も明日の夢をみよう。
嘘がなくて愛に満ち溢れていてみんなが支え合っているそんな世界。
君とみた夢はどんなだったかな。もう、それらすべてが虚構だったと優しい気持ちが呻くように呟くよ。さようなら。別れというもの。理解するにはもう少し時間がかかりそうだ。
ひと気のない寒そうな山の岩肌で、雄々しく立つ雄ヤギのあまりに立派な角。あの角。今は想像していると眠くなる。強さへの憧れだろうか。それだけ自身の弱さがコンプレックスとしてあるということだ。だからせいぜい強さに憧れる。強靭な肉体。恐れのない心。身についてくる全てのものであらゆる艱難辛苦から身を護る。
護られながらスヤスヤと、スヤスヤと。あるべきやうはなんぞやと、明恵の心の夢をみたい。




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