そう、世の中には不思議なこともあるもので、虫の知らせというものがある。
なんとなくのなんとない時間。私はふと浅田真央のことを思い出しTVをつける。
TVには今まさに浅田真央が滑走しようというところ。
拳に力が入る。眠たいはずの目を見逃すまいとこじ開ける。
息を飲む。雑念が消える。力を感じる。すごい力を。
人間の、可能性を。
私は歴史的な瞬間に立ち会った何億人かのうちの一人だ。
涙がでる。
生きる力を分け与える。そんなスケーティングだった。生命力。それは意識と身体性が極限まで高められた人間が人間たる最高状態の生命力だ。
あまりに素晴らしく震えがくるほどの。
余裕のある柔らかさも流れるようなしなやかさも色気のある妖艶さもこの生命力、人間の根源的な魅力、力の前にはひれ伏すほかはない。
まるでそれは大自然に挑む滑稽な人間の所業に似ている。
浅田真央はついに富士山になった。鷹が舞い茄子が踊るほどの富士山に。
一瞬、日本を心から愛した。浅はかな右傾化と官僚主義とに嫌気がさして、はやく滅んであまりに遅く取り返しのつかない反省でもしたらよいのにと思っていた心が、あの演技に触れているあいだだけは、攻撃的な気持ちが薄れ自身の中にも在る気候風土の香りを愛せた。たとえそれが悪しき政治・社会システムを育む温床に繋がるとしてもだ。
藝術はかくも美しい。
心底そう思わせてくれた、浅田真央さんの最高の演技でした。
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