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2014年2月6日木曜日

Facebookであげるはずが、取り止めた。理由は身内がコミュニティの根幹に在るからだ。難しいもので、身内は私を橋本仁だとは認識していない。そして、Facebook自体は遠方の身内との連絡手段として始めたのだ。しかし、メディアに向かう私の人格は彼女という歯止めを失ってからは完全に橋本仁に乗っ取られている。アーティストとしての人格も同様だ。かつて彼女が愛してくれた無自覚に担保された私の"部分"は一体今は何処を旅しているのだろう。懐かしむ心さえ何処かへ消えた。

今の日本の一番の課題は大人と子供もしくは成年、青年、若者、まあ、好き勝手言ってくれて構わないのだが、戦後から加速しもはや脳の対応力が追いつかない、つまり身体的時間感覚を逸脱しすぎた近現代史における感覚的な変化がもたらす世代間の断絶、不愉快、拒否、嫉妬、無理解を解消しなければ、施政者の完全な独裁になる。
老害を老害と諦めてはいけない。孤独にし老害化させているのも若者なのだから。
若者が知性を高め目上の人間に真正面からぶつかっていかなければ社会も世界も動かない。
もう40年ほど、日本からそんな空気が抜け落ちている気がする。
せいぜい近い世代の人間だけでも、棘と切れ味を大事にしましょう。


棘は短く強力な毒を持ち、切れ味は触れる前から切断するくらいに。


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