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2011年9月20日火曜日

反省

二足の鞋

僕は二足の鞋が好きである

二足どころか三足も四足も履けばよいと思っている

それだけのキャパシティがあるのなら

今の日本はアメリカからもらった鞋しか履いていない

しかもあまりに履きづらい鞋だ

日本は戦後このかた履けるはずのないはずの鞋を履きこなそうとするだけの66年間だった

所詮、日本のサイズに合わない鞋を履きこなすなど土台無理な話だ

しかし、それならば二足の鞋を履けばよい

システムは外人さん、文化は日の本

何をもってして日本人の趣味趣向・性質・価値観まで外人さんにしたがるのか

学生紛争このかた、未だに無能な政治家達は民衆を恐れ人民の管理に明け暮れ、外国に萎縮して本人達はアメリカ人並にブクブク太っていくだけだ

我々は虚しいただの人間粒だ

己の力に慢心し、己に対して欺瞞を持ち、己が己を殺すのだ

しかし、それは己が己を愛し己が世界を救うのだと言い換えることもできる

己は他の鏡、他は己の鏡

どちらを選択するかはまったくの自由だ

生き方はいつでも変えられる

僕らはその根元的な選択の自由を示唆できるにとどまるが、それは傲慢でもなく下らなくもない、ただただ小さい個人的な愛なのだ

かつて内村鑑三が言っていた

武士道に足りないのは愛だけだと

ならば武士道に愛が備われば、素晴らしい精神規範・行動規範になるのではないか

我々は、我々というアイデンティティーは、失っていいものなのだろうか

今、日本としての在り方を論ぜずしていつ論ずるのか

吉田松蔭がいまここにいたならば、我々は我々の不甲斐なさによって松蔭を泣かせるだろう

なぜアメリカと仲良くしたいだけのために被爆し国土を汚染しなければならないのか

中国・北朝鮮・韓国・ロシアを牽制するためか
アメリカさんからの旨い汁がそこまで旨すぎるためか

ならば、国民を護るという大義名分の上に国民国土を汚すのは本末転倒ではないのか

無能無知蒙昧で傲慢かつ高慢な人間達

悪者は誰か


それは我々人間だ

一度でいい

立ち止まり、ゆっくりと話を聞いて譲り合いより善い世界を造りませんか

まるで小学校の学級会のように

それだけ我々は大事なものを置き忘れて生きてきてしまったのではないだろうか

我々はあまりに稚拙に堕落しすぎた

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