徒然と綴ってみれば…とぞ思ひ、今宵は雑談も雑談を綴ってみませう。
Yahooニュースでなにやら物騒な記事を見た。それはスペインのサポーターによる負け戦の選手達への罵倒であるが、ドイツにしろ、他はどうか知らないが、サッカー、いや、ことスポーツに対する情熱とでもいうのだろうか。いや、もはや"狂"の字のつくなにものかの国民感情もしくは風土感情が凄まじい。
米国の野球熱然りあれは一体どういうことか。スポーツとはなんなのか。そしてその国民性・風土性において日本のサッカーがどうにもおままごと臭くワールドカップで勝ってもパッとしないのはどういうことか。
これにはやはりサッカーといえば蹴鞠で、レスリングといえば相撲でテニスといえば羽子板な日本が透けて見えるのではないだろうか。逆に良い意味でね。
無論、あらゆる分野で個人的に活躍している日本人は数多い。しかし、なんだろう、やはり日本のメディアの怠慢と矮小さが悪質なのでしょうね。基本的にお金をくれる個人や政党に舌舐めずりしているのが大手メディアですからね。
どうも個へのトピックスと熱烈なナショナリズムへの扇動的意識がうまく噛み合わず機能していない。要するに、洗脳とか馬鹿なことしたいのだったらもっと徹底的にやり抜きなさいということ。国民もそれが嫌だと少しくらい思ったりすることがあるのなら、微妙な反抗くらいしてみなさい。と。
一体、阿呆な官僚さん達はなにを持ってして日本をまとめたいのかね。それとも国民は皆馬鹿で自発性がないからまとまる必要などなく民主主義を逆手にとった独裁でうまい汁すって財産だけ残して死んだらそれでいいと思ってるのかね。
そう考えるとスポーツなんて利用しやすいもんだと思うのだけれどね。勝ち負け分かりやすいし視聴率とれるしナショナリズムの大義名分はあるし宣伝効果はあるし。でも、なんか日本のスポーツって、あんましだよね。と、僕は思っているのです。だからといって、どうだとかどうしろだとかいうのはまったく無いのだけれど。だって今日はつれづれですから。
僕達はもう少し、いや、もっと、歴史的現在年としての"日本"を考えなければならないような気がしています。国民国家以前のね。司馬遼太郎に異胎の国と言わしめる前のね。
スポーツひとつとったて、そうだと思う。全く注目されなっかった女子サッカー、世界一、凄かったよね。素直に感動しました。でも、それで日本におけるスポーツを取り巻く全体的な環境って変わったのかな。今も何処かでマッチョな誰かが泣いているのではないだろうか。
僕にはこの感じ、世襲政府と現場の著しい乖離がなんだか戦中の日本と重なります。内情はまったくばらばらで暴力的で馬鹿ばっかりの阿呆国家なのに、日本に"大"とか"帝国"とかつけちゃってたお寒い"日本"と。護るべきものを護らないでてめーのちんけな生活ばかりで夢見てる。なのに頑張っちゃう国民、しかもなまじ優秀な人が多いから逆に残念。才能も才覚も下らない飲み会程度と数多の不祥事で歴史のドブへ消えていく。平和とセックスとアルコール。イケてるガイコクは+ドラッグかしらん。
この不毛さ。倦怠感。やるせなさ。スポーツを見ているとなんだか胸のどこかがむず痒く哀しくなるのは、そんなせいなのかもしれない。
あまりに純粋でまっすぐな身体性だけに、なんだか現世が辛くなる。そういうことなんだろうか。
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