空間の中のある一点を指し示すために必要な数の座標軸といものがあるように、個というある一点を指し示すために、「必要な数の座標軸」に相当するものがある。それが、存在と記憶・時間と蓄積である。この場合の個とは、人間個人に限られたものではなく目線を変ずれば無数に存在する多義的な意味上での「個」である。「個」とは、時に私個人を表し、時に宇宙を表す。
空間の中のある一点を指し示すことによりその空間が定義されるように、制作を通し個の立脚・確認と共に導き出されたのが、「個」に対しての「全」である。「全」とは、点を包括する空間に相当する。
「全」とは、意識に対しての無意識であり、能動性に対しての受動性であり、強さに対しての弱さであり、可視に対しての不可視である。しかし、「全」ではあまりに漠としたものでありすぎるため、これらを総括し「母型」と呼ぶ。
「全」は全しか表さないが、「母型」ならば我々の内に在る共通世界へと触手を伸ばすことができる。
「全」とは定理の集合体であり、それのみでは議論の対象には大きすぎる。
あくまで我々「人間」のための正しい話をするために、「母型」が必要なのだ。
空間の中のある一点を指し示すことによりその空間が定義されるように、制作を通し個の立脚・確認と共に導き出されたのが、「個」に対しての「全」である。「全」とは、点を包括する空間に相当する。
「全」とは、意識に対しての無意識であり、能動性に対しての受動性であり、強さに対しての弱さであり、可視に対しての不可視である。しかし、「全」ではあまりに漠としたものでありすぎるため、これらを総括し「母型」と呼ぶ。
「全」は全しか表さないが、「母型」ならば我々の内に在る共通世界へと触手を伸ばすことができる。
「全」とは定理の集合体であり、それのみでは議論の対象には大きすぎる。
あくまで我々「人間」のための正しい話をするために、「母型」が必要なのだ。
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